網走で「流氷接岸初日」=北海道

網走で「流氷接岸初日」=北海道

流氷が接岸したオホーツク海沿岸(17日午前8時55分、北海道網走市で)=阪本高志撮影
 北海道網走市で17日、流氷が接岸して船舶が通れなくなった最初の日を指す「流氷接岸初日」が観測された。網走地方気象台の職員が気象台の屋上から確認し、発表した。観測史上3番目に遅かった昨年より31日早く、平年より16日早い。

 網走港発着の流氷観光砕氷船「おーろら」は20日に今季の運航を開始する。運営する道東観光開発の担当者は「運航前に流氷が接岸してありがたい」と話した。

 オホーツク海に面した網走市海岸町では、流氷がびっしりと接岸し、氷の上でオオワシの姿も見られた。

(2013年1月17日14時15分 読売新聞)
→ http://premium.yomiuri.co.jp/pc/?from=yolgn#/news_20130117-119-OYT8T00758/scrap_list_FD00000000

今年は流氷接岸が早いですよね。
1泊2日程度の小旅行に行ってこようかなあ。
個人御泊りで、蟹食いたい放題のホテルってあるのかなあ?
今年は正月に蟹を食わなかったから、今頃食べたくなってきた。

別話だが、もし貴方が第一次産業に従事するとしたら、農業が良いですか? 畜産業が良いですか? 林業が良いですか? 水産業が良いですか? 私は漁師という職業が怖くってしょうがないのです。冬の海で凍えたくない。そんな気持ちが人一倍強いのです。それなのに魚を食うのが好きなんですよね。いつも心の中で合掌しながら、食べているのです。
畜肉も豚、鶏がメイン。お乳を出す家畜を食すのは抵抗感があったりするのです。
でもハッシュド・ビーフは好きだったりするのですよね〜。私は自分で作る時は、ハッシュド・ポークにしたりしてますよ。でも最近はレトルト88円で済ますことが多く、ここでも心中合掌していたりするのです。

なぜ旧約聖書は、反芻動物を食すよう定めたのであろうか? 私は、極めて考え方や行動が、ヒンドゥ的な自分に出来上がっているのが不思議だったりするのですよね。

家畜って情に訴えませんか?

私はもし子供がいたら、家族総出でヒンドゥ教徒になっていたかもしれない。
私は母が鬼籍に行ったら、肉食を一切絶って、畜タンパクは、無精卵、牛乳だけにしようと思っております。あとタンパクは主に魚と豆から摂ろう思っております。

私の生き方は私の生き方。仏教は原理主義的に捉え、世俗的にはヒンドゥ教を考えようと思っております。私には情的にト殺という行為に属することに抵抗があったりします。私は自分のための死は、煮魚で勘弁して欲しいと思っております。

そんな私に神は微笑まれたと感じている、最近の私でありました。

仏教のシャカ、カトリックのキリスト。私は入り口が彼らだったが、結局食環境に抵抗があって、寂しいがその世界で生きていくことが出来ないでいる私がおりました。結局食の提案から、物凄く抵抗があって旧約聖書を実践できない私がいるのです。

ベジーなカトリックだったら、それならば進んで入信するのですが…。私は今度生まれ変わったら、ヨーロッパでなら食改革、ヒンドゥならカースト制度問題改革にその身を捧げるのかもしれない。

結局、食い物で宗教に挫折しているのです。深い教義には感銘出来ても、食で挫折してしまう。私は食う事に信心を持つのは、しょうがない事だと思っておりますが、皆さんはどう思われるでありましょうか?

私は大人になって好き嫌いが無くなったが、それでも情の入り口で、十字や、合掌をしている私がいるのが、ごく自然なことのように思っているのです。がしかし、それを否定される方が大勢いらっしゃるのですよね?

まあいいや。人の頬袋に指を突っ込んで、食べ指しを奪う訳ではないのだから、私は私で私の食習慣を築こうと思っております。

キリスト信心に問題は無し。あとは食実践だけなのだが…。

私は肉食猿に非ず。

amen.