[政なび]「維新前夜」の憲法論議

[政なび]「維新前夜」の憲法論議
 衆院憲法審査会が現行憲法の検証作業に入った5月24日。意見表明に立った公明党の赤松正雄氏は「明治維新前夜、福沢諭吉先生は、上野の山で飛び交う(戊辰戦争の)砲声を尻目に、三田の山上で『今こそ経済学を学ぶべき』とされました」と切り出した。

 社会保障・税一体改革を巡る与野党民主党内の対立は、このころ頂点に達していて、検証作業は当初から困難が予想された。憲法問題の論客として知られる赤松氏は、政争と一線を画した議論への期待を、慶応義塾に伝わる故事に込めた。

 だが、赤松氏の思いもむなしく、憲法審査会は「休講」が続いている。民主党分裂騒ぎのあおりを受け、検証作業は6月7日から2か月近くもストップ。今月2日に再開したものの、続く9日は、内閣不信任決議案を採決する衆院本会議の影響で見送られた。審査会での議論が進むほど民主党内の意見対立が顕在化し、同党の消極姿勢も強まっている。今国会中の作業終了は、もはや絶望的だ。

 折しも、国政進出を目指す地域政党大阪維新の会は、憲法改正を次期衆院選公約の柱に据える構えだ。維新の会の勢いが全国的な広がりを見せるなど、「維新前夜」を思わせる政治情勢の中、既成政党が憲法論議を先送りにする余裕は、ないはずなのだが。(鈴木雄一)

(2012年8月18日4時1分 読売新聞)

→ http://premium.yomiuri.co.jp/pc/?from=yolgn#/news_20120818-118-OYTPT00033/scrap_list_FD00000000

先ずは、日本の元首制を論じてから、憲法問題を規定するべきでありますよね。
それにはまず、現行憲法の、元首象徴説をどう解釈し、新憲法に繫げていくか考える必要があります。現行憲法の前文に、『人間宣言をされた天皇』を世襲国家元首として定め規定されるか、『象徴化された任期制大統領』を国家元首制の条件と定めるか、憲法前文論議を盛んに行うべき時に来ているようであります。

私は憲法前文の改正と、最低限の加憲論で、最初の憲法改正は筋を整えるべきだと思っております。
先ずは国家元首規定を国民に馴染ませなければいけない。
それからですね…。
本格的な日本国憲法の改正論議は…。
そして天皇と宗教と、西洋史政治論理の導入過程を正常な解釈に戻してから、行うべきでありまして、天皇と宗教、主権、元首権など、その纏めを新憲法前文に盛り込むべきであります。そして日本対諸外国との戦争史に関する解釈を定め、平和国家の象徴としての日本国家元首であることを、憲法上規定するべきであります。

前文改正と、加憲論で最初の新日本国憲法を纏めることで、まずは政治日程化することを決めては如何でありましょうか?

超党派の理解と、国民投票の準備がされていくよう、国会はその論議をそろそろ始めるべき時だと思います。

繰り返しますが、新憲法では前文において、国家元首権の規定を最初に行うべきであります。それをひとっとびして、日本自衛軍論争に持っていくのは時期草々だと思っておりますが、如何でありましょうか?
そして、国家元首規定の横に、アイヌ民族主権と、琉球王朝府主権論に関して、さりげなく前文に記載するべきだと思っております。

私は日本一民族史観は間違っていると思っております。天皇主権とアイヌ民族主権と、琉球王朝府主権と同格に差異なく規定されるべきでありまして、その上で、日本史観日本国憲法の整合性を整えるべきでありまして、そのことにおいて初めて、日本の国家元首に関して、日本国民と契約を交わす必要があると思っております。

そこで、政治史としての観点において、徳川幕府士農工商身分差別に関して、さりげなく否定的見解を定めるべきであると思っております。

身分差別に関する認識の過程は、あくまでもプライベートな事として置き換えるべきでありまして、そのことに関する日本民族の悪感情は、新憲法改正を機会にして、改めるべきだと思っております。


平和国家としての日本の位置付けを定めるための国家元首論規定であるべきでありまして、それらに反する勢力と国家元首論とが結びつくことは、否定されるべきであると思っております。

そういうわけでありまして、新日本国憲法前文論争から改憲論は開始されるべきだと思っております。日本国民が冷静に対処されることを祈っております。^^