エジプト デモ拡大死者100人超

★エジプト デモ拡大死者100人超
2011年1月30日 朝刊

 【カイロ=清水俊郎】エジプトの反政府デモは二十九日も続き、五万人規模に膨らんだ首都カイロなど各地でムバラク大統領(82)の退陣を求めエスカレートしている。中東の衛星放送アルジャジーラによると、北部のアレクサンドリアやイスマエーレーヤなどではデモ隊と警官隊の衝突が再発。二十八日以降の衝突による死者は全土で百人を超えた。 
 同放送によると、カイロでは二十九日、デモ隊が内務省ビルへの突入を試み、警官隊が少なくとも三人を射殺した。
 同日未明のテレビ演説で続投を表明したムバラク大統領は午後、緊急閣議を招集、ナジフ首相と全閣僚は一斉に辞任した。また大統領の側近、スレイマン情報長官が同日、副大統領に就任した。大統領はシャフィク前民間航空相を首相に指名して組閣を命じ、新内閣の発足により高まる自身への退陣圧力をかわす意向。一方で、アルジャジーラによると、大統領の次男ガマル・ムバラク氏が同日、ロンドンに到着した。
 政府は二十九日、夜間外出禁止令を午後四時から翌朝八時まで十六時間に拡大。従わず街頭に出たままのデモ隊に対し、軍は発砲すると警告している。午後六時から翌朝七時までの禁止令が前日に発令されたばかり。
 陸軍はアレクサンドリアなど三都市に出動。カイロで二十九日、議会と内閣府につながる道路を封鎖した。中心部のタハリール広場では早朝から若者らが集まり始め、昼すぎには約五万人に。「ムバラクはいらない」と叫び続けた。ただ軍が要所を固め警察隊は出動していないため、広場で衝突は起きていない。
 一方、ロイター通信によると、エジプト考古最高評議会のザヒ・ハワス事務局長は、カイロの考古学博物館に二十八日夜、略奪者が押し入り収蔵品のミイラ二体を壊したと述べた。
 アレクサンドリアでは二十九日、数千人のデモ隊と衝突した警官隊が、催涙弾のほか実弾を発射。南部の観光都市ルクソールでは、与党国民民主党(NDP)の建物が放火され炎上した。

★ヨルダン:首相退陣求め大規模デモ

 【エルサレム花岡洋二】ヨルダンの首都アンマンで28日、リファイ首相の経済政策に抗議し、退陣を求めるデモが起きた。同国ではチュニジア政変から波及したデモが散発。この日はイスラム原理主義組織「ムスリム同胞団」の支持者や労働組合員ら約3500人が参加した。AP通信が伝えた。北部イルビドや西部カラクでも同様のデモが起きた。

 ヨルダンでは高失業率(13%)と食料価格の高騰に対する国民の不満が高まっている。

チュニジアでデモ隊と警官また衝突、15人負傷

 【チュニス=末続哲也】政変で混乱が続くチュニジアの首都チュニスで28日、デモ隊と警官隊の衝突が広がり、AFP通信によると、約15人が負傷した。


 衝突は、首相府前で警官隊がデモ隊排除のため、催涙弾を発射したのがきっかけ。デモ隊は各地で警官に投石した。暫定政権は27日、デモ沈静化のため、ベンアリ前政権の与党出身の主要閣僚を更迭したが、その後も首相府前で数百人が泊まり込みを続けていた。

(2011年1月29日10時15分 読売新聞)

一人の若者の焼身自殺が、とんでもない騒動へと発展しましたよね。
大学を卒業しても職が無いという状況は、世界的な規模の状況であると考えられ、市民の不平不満は頂点に達していると見るべきでありましょう。特に中東、アラブ諸国でこの運動が高まるという事は、貧富の差があまりにも露骨な形で世の中に蔓延っている証だと考えられ、一部の首長だけで政治を独占する事に対する、強い抵抗感の顕れでありましょう。
翻ってこの状況は、日本の内政にどのような影響を与えるでしょうか? 若者が職に就けないという状況は日本も同じで、このままの体制を維持すると、日本でも若者によるデモ隊が発生するという事が考えられませんでしょうか? 現在日本の失業率は5%強だと思われます。米国をはじめ、今回の革命騒動国では失業率10%以上。日本でさえ就職先不足で、いつ政治が不安定になるか分からない状況でありますよね。
そんな中、日本でも政治の世襲が強く行われる状況であります。
つまり政治家は呑気に構えているが、日本の政治地図は、アラブ諸国と同様に一気に革新気質に乗っ取られる可能性がある事を示唆しておりますよね。
今はオール保守で安定して見えるが、政治に対する不満は、一気に高まる要素を孕んでいるのではないであろうか?


民主党では脱自民党勢力の代弁者ではありえなかった。
政治不審への受け皿作りに失敗すれば、日本だって今回の中東の轍を踏まないとは限らない。
民意を代弁する政党は現れるのであろうか?
現在心情的に与党でいるという事とは脱自民党でいる事であり、次にそれが反民主党である事と勘違いをして、国民は判断をし始めているのではないであろうか? つまり脱倫理の旗手は未だに自民党のままでいるのではないであろうか?(古)

政治家は脱倫理で世間知りの顔つきをして見せるが、そんな物は政治には一向に必要の無いものなのであります。性悪説は日本人ではあたりまえ。そんな部分に訴えられても、先に経つ物が無いのなら、一向に言う事を聞く気になれないのも実際のところではないでしょうか? そんなところから革新勢力は芽を出し、産声をあげるのではないであろうか?

もっと無定義概念化した政治体制は布けないのでしょうかね?
否定し得ない物を自身の味方につける努力が必要で、その概念の一部は民主主義でありましょう。

世襲化された殿様民主主義は、もう必要は無い。民主党が勝つためには、脱倫理と自民党体制をよく研究する必要があるのではないであろうか?

私は保革勢力に二極化した、新政治体制が来る様な気がしております。そういった意味で、自民も民主も変説する可能性を見ておりまして、代表的な前提となる歴史観を今探しているところであります。
新保革体制。…保守党、労働党に再編される可能性を見ておりますが、オール保守の方にはどう見えておられるでしょうか?

何か新安保争議、新保革争議の時代が来そうで、その時代背景を背負った世代とはどのあたりか、見定めようと思っているところであります。

倫理観を払拭して見せたら、自由の名において、大人として一人前、…そこに本当の自由と楽しい家庭は存在したであろうか?
ちなみに、自由と脱倫理と解脱(納得)する事は、同義語ではない。ここにアイデンティティを主張する世代は、もう時代遅れだと思う。そこの部分で、もうアメリカは以前のアメリカではないことを、日本は先認識するべきであります。
これは単に言葉の原理主義を指している訳ではありません。

そういった意味で田原総一朗氏はもう古いような気がします。
田原氏は日本の茶会運動を起こしたらどうでしょうか?